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東京地方裁判所 昭和46年(刑わ)5736号 判決 1973年1月13日

主文

被告人両名を各禁錮一〇月に処する。

この裁判確定の日から三年間、右各刑の執行を猶予する。

訴訟費用は、被告人両名の連帯負担とする。

理由

(罪となる事実)

被告人は、株式会社増田組に監督として勤務し、同社が東京ガス株式会社から受注した東京都北区東田端一丁目四番地先から同都荒川区西日暮里五丁目三五番地先に至る延長四四八メートルのガス導管取替工事の監督の業務に従事していたもの、被告人乙は、佐藤和組と称してガス導管埋設工事の下請業を営み、前記増田組から下請けした前記工事の施工の業務に従事していたものであるが、被告人両名は、ともに、昭和四五年一月二八日午後一〇時ころから、人夫星野健治ほか八名を指揮監督して、同都北区東田端一丁目一番地先のほぼ南北に通ずる幅員約5.3メートルのコンクリート舗装道路の西側端から約七〇センチメートル中央寄りに、ガス導管を埋設するため、幅約八〇センチメートル・深さ約二メートルの溝を掘削する工事を実施していたところ、かかる工事においては掘削の深度を加えるにつれ、掘削面の土砂が崩壊する危険が予測されるのであるから、被告人両名としては掘削作業中、絶えず土質の変化や作業の進行状況を監視し、おそくとも深さ約一二〇センチメートルに達するまでには矢板を使用するなどの適切な土留工作を施し、もつて右危険の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのに、これを怠り、深さ一七〇センチメートル前後に達するまで慢然工事を続行せしめた過失により、翌二九日午前三時四〇分ころ、掘削中の溝の西側掘削面の土砂が、道路上に敷設されていた幅約七〇センチメートル、長さ約5.15センチメートル、重さ約1.2トンを越える舗装用コンクリート盤四枚の荷重等のため、右コンクリート盤とともに溝内に崩れ落ち、折から溝内で掘削作業中の前記星野健治(当時二八才)を土砂に埋没させるとともに、コンクリート盤で圧迫強打させ、又人夫野呂秀男(当時二〇才)、同多賀谷利儀造(当時四四才)の両名を土砂に埋没させ、よつて右星野健治を同日午前四時二五分ころ、同都北区田端新町二丁目二三番三号田端中央病院において、胸椎骨折、頭腔内及び背随損傷により死亡するに至らしめ、右野呂秀男に加療約一か月間の顔面挫創、鼻骨々折、左手関節捻挫、頭部・腹部・腰部各打撲等の傷害を、右多賀谷利儀造に加療約三週間の右肩・腰部・右肘関節部各挫傷等の傷害をそれぞれ負わせた。

(証拠の標目)略

(法令の適用)略

(弁護人の主張に対する判断)

(一)  弁護人は、東京ガス株式会社の実施するガス導管埋設工事においては、「監督者」及び「現場責任者」が、それぞれその旨を表示した腕章をつけて工事に立ち会い、工事の進行工程を定め、かつ安全措置を講ずべきものとされているところ、本件工事において、元請である増田組職員の被告人甲が右の「監督者」であつたことは認めるが、被告人乙は、下請である佐藤和組の経営者として、自からは営業的、事務的な職務のみを担当し、現場における技術的な職務は、雇人である配管工の手島敏雅を「現場責任者」として担当させていたのであるから、被告人佐藤は事故当時現場にいたとしても、本件工事の責任体制の枠外にあつたものであり、本件工事を指揮監督することは、その業務ではなく、したがつて業務上の注意義務も存しない」旨主張する。

そこで、まず配管工手島敏雅の職務内容につき検討すると、前掲証拠によれば、手島は、配管工としてガス導管埋設工事の下請を業とする被告人佐藤に雇用され、「現場責任者」の腕章をつけて本件工事に従事していたこと、「配管工」は、東京ガス株式会社が実施する教育訓練を経て、一定の技能を取得した者に対して、同社が認定する資格であつて、同社の実施する配管工事においては、下請の事業主は、有資格の配管工を「現場責任者」に充てるべきものとされていることが認められるところ、かかる専門職ともいうべき配管工を現場責任者とする東京ガス株式会社の右の方針は、専ら配管工事の技術的水準を確保するための措置と解されるから、配管工固有の専門技術的領域に関する限り、監督者又は事業主の指揮監督が及ばないと解される反面、配管工が現場の人夫等に必要な指示をなしうるのは配管工としての職務を補助させる場合に限られ、工事全般の指揮監督の如きはその範囲外というべきである。果して、前掲証拠によれば、手島は、本件溝の掘削工事中は、主に現場から数十メートル離れた場所で、日本鋼管から派遣された溶接工とともにんガス導管の溶接などの仕事に従事しており、同人が配管の作業をするため本件工事現場において、人夫達に矢板を張るよう指示したのは、ようやく事故発生の直前であるが、これも近くにいた佐藤勇ら数人の人夫に対するものであつて、人夫の全員に周知させるためのものではなかつたことが認められるところ、これらの事情からみて、手島は、専ら本件工事現場において配管工としての職務に専念していたものというべく、工事全般を指揮監督していたものとはにわかに認め難いところである。

かりに手島が監督者又は事業主から、配管工固有の職能の範囲をこえて、右の如き工事全般を指揮監督すべき任務を事実上委ねられていたとしても、溝の掘削工事及びそれに伴う安全上の措置そのものは、配管工の専門技術的領域に属するものとは解されないから、監督者又は事業主としては、前記手島において溝の掘削工事を指揮監督し難い状況にあるときは、自からこれをなすべく、又右手島の指揮監督が不適切と思料するときは、これを是正、指導すべき職務を有していたのもといわなければならない。しかして、前掲証拠によれば、被告人佐藤は、ガス導管埋設工事下請業「佐藤和組」の経営者であつて、本件ガス導管取替工事についても自から受注に当り、工事の進行及び安全管理について元請の増田組との間に具体的な打合せをなし、さらに試験掘にも立ち会つたほか、本件工事の進行中、常時現場にあつたことが認められるから、被告人佐藤は、元請の監督者である被告人野城とともに、現場において下請の事業主として本件工事全般を指揮監督すべき地位にあつたものといわなければならない。けだし、刑法第二一一条にいう「業務」とは、人が社会生活上の地位に基づき反覆継続して行なう事務であつて、他人の生命身体等に危害を及ぼすおそれのあるものを指称するものであるところ、前記の如き被告人佐藤の社会生活上の地位は、東京ガス株式会社ないし元請の増田組が「監督者」、「現場責任者」などの現場組織及び責任体制を設定するといなとにかかわりなく、部下をして専決執行せしめる等の事情が存しない限り、事業主たることに当然随伴しているものというべきだからである(ちなみに、いわゆる両罰規定が、事業主につき、従業者の選任、監督、その他違反行為を防止するため必要な注意を尽さなかつた過失の存在を推定し、事業主が右に関する注意を尽したことの証明がない限り刑事責任を免れない法意と解されているのも、事業主のかかる社会生活上の地位に由来するものと解される)。

そうすると、本件溝の掘削工事は、他人の生命身体等に対し危害を及ぼすおそれがあるものであることは勿論であるから、かかる工事の施行及びその監督は、被告人佐藤の「業務」であつて、同人が工事現場に現在する限り、単なる傍観者たりえないことは明らかであり、弁護人のいうように、「被告人佐藤がときとして現場に口を出したのは、一般人なみの好意に基づく」ものとはとうてい考えることができない。よつて、弁護人の主張は理由がない。

(二)  次に弁護人は「道路上に敷設されている舗装用コンクリート盤のスパン(つなぎ目)には、通常鉄線ないしピアノ線が挿入されているものであるが、掘削中の本件溝の西側道路上に敷設されていた四枚の舗装用コンクリート盤のスパンには、手抜工事のためか、相互に鉄線ないしピアノ線かによつて連結支持されておらず、そのため、工事の専門家である被告人らにも、本件重大事故の惹起は、全く予見できなかつたのであるから、このような予測できないような危険を回避するための注意義務を課すべきではない」旨主張する。しかしながら、判示の如く、溝の深さ一二〇センチメートルに達するころまでに適切な土留工事をなすことによつて、土砂の崩壊及びこれに伴うコンクリート盤落下による事故の発生を未然に防止し得たであろうことは、人夫佐藤勇、丸山三郎において、本件事故発生の直前矢板による土留工事を施した部分が、掘削面の土砂の崩壊及びコンクリート盤の落下から免れえた事実によつて明らかであるのみならず、又過失犯の成立に必要な結果発生の予見は、現にたどつた因果関係の系列と完全に符合することは必要ではなく、何らかの原因による掘削面の土砂の崩壊は、土木工事経験者にとつては、一般的に通常予見可能であつたことは明らかであるから、本件においては、いずれにしても、被告人両名の注意義務違反の責任は免れないといわなければならない。もとよりこの種作業に人の和が必要であること、又午前六時までに全作業を完了させるために取り急ぎ工事を実施していたこと、このために土留工事に要する時間を節約し、或いは土留が実際の作業面で極めて不便であり、人夫らがこれを好まない風潮があることなどの事情によつて土留工事の徹底には少なからず使用者、労働者とも抵抗を感ずる実情にあつたことは証拠上これを認めうるが、しかし、いやしくも人間の生命にかかる危険な作業の実施にあたつてこのようなルーズな運用が許されないことは勿論であつて、これをもつて、注意義務の回避の正当な理由とは認め難いところである。よつて、弁護人の主張は採用できない。

(三)  又弁護人は「本件事故は、被害者野呂秀夫が、溝の掘削を行なうに当り、地表から法面をつけて掘削することとなつていたにもかかわらず、中央部分を中ふくらみの状態で掘削したためコンクリート盤の重量を支えきれず、土砂崩落とともに、コンクリート盤を溝へ落下させ、本件事故を惹起したものであるところ、穴を掘削する人夫としては、そのような掘削方法をとれば、土砂くずれを引き起すおそれがあることは充分予見できたのに、その注意義務を怠つたこと、及び人夫を直接指揮監督していた人夫頭の多賀谷久雄がこれを知りながら中止させなかつたことなど、被害者及び他の過失が原因となつたものである。」旨主張する。しかしながら、被害者野呂は本職は大工であつて、掘削工事の経験は乏しく、かりに、同人が弁護人主張のような方法で掘削したことが事故の一因をなしているとしても、被告人らにおいて、早期に適切な土留工作を施すことを人夫らに指示し、励行させるにおいては、本件事故の発生を容易に免れえたであろうことは、(二)に説示のとおりである。又人夫頭の多賀谷において適切な指揮監督をなさない場合においては、被告人両名が、前記多賀谷にこれを命じ、又は直接人夫を指揮して土留工事をなさしめる権限と義務があることは、(一)説示のとおりであるから、これを怠つた被告人らが、監督者として果すべき業務上の注意義務を怠つた過失責任はこれを免れないといわなければならない。よつて、弁護人の主張は理由がない。

よつて、主文のとおり判決する。

(橋本享典)

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